今回の白雨館ゼミのテーマは「第二の大地の皮膜としての屋上庭園とは何か」でした。
「屋上庭園」への人類の夢と希望は、紀元前のバビロンの空中庭園以来 コルビジェの近代建築の五原則に至るまで、多くの試みがなされており、そこから屋上庭園の様々な限界・課題が現れてきた歴史がありました。
この歴史過程でコルビジェも屋上庭園には失敗したと言うのが驚きでした。
まず近代の代表的屋上庭園として、ブールマルクス、ケンスミスのMOMAの事例が紹介されました。しかし、抽象パターンのコラージュとして屋上庭園は、見降ろすということに限定された空間であり、それは視覚的に美しい模様を作るが、それ以上の空間体験が都市環境とは孤立しているという限界がありました。

第二段階では建築と屋上との「境界の超克」が始まります。
それは、<図>としての建築と<地>としての庭園の<境界>を焼却するランドスケープ・デザインの試みへと進んでいきます。
ここでは ダン・カイリーのNCNBプラザが紹介されました。

建築のリズムと呼応した外部空間は、その空間の中に新たな場を生み出す装置となり、そこにはエコロジーの変容に包まれた空間をいかに形成するか・・・という努力が見えてきました。
更に、第三段階にはいると、屋上はエコロジカル・アーバニズムへの試みの場として発展していきます。
それが、「第二の大地の皮膜」という考え方です。
ここでは エミリオ・アンバースの非構造化への試みが紹介されました。

エミリオ・アンバースの非構造化への試みでは以下の2つが挙げられました。
①近代建築がもつ空間の均質性を否定して、それらが生み出す外殻の形態を消去し 非構造化することによって壁、屋根、大地、水、光といった要素から生み出される領域感の確立、境界意識の消去によるデザイン・アプローチの試み。
②ランドスケープの中に建築の姿を消す事で、逆に大地そのものがモニュメンタルな形態となり、<地>としてのランドスケープ、<図>としての建築といった単純な関係は完全に消し去られ、視覚的な形態論からだけではなく、人間とそれをとりまく より大きな環境との関係へのつながりを生み出す試み。
しかし、このエミリオ・アンバースの試みも現実の自然環境の中では様々な問題に直面することになります。
「屋上庭園」とは一体何なのか・・・という根源的な問いかけです。
それは、
①三次元の空間であること
②視覚的な形態操作の場ではなく人と環境との関わりが生み出される場であること
③大地の皮膜として存在すること
ということが考えられます。
そして最後にその試みとして佐々木さんの設計された
人々のアクティビティを誘発するような緑の空間を目指した「六本木ヒルズ」
薄層緑化に特化しつつも人々の集まる様々な場を創出した「サクラディア」
大地の皮膚をイメージした「毎日インテシオ」
が紹介されました。
最後に、屋上庭園は「街を育てること、 街を育てる場所としての屋上庭園・・・エコロジカルなアーバンデザインとして屋上庭園 というものがこれからの大きなテーマとなるだろう」との示唆がありました。
そして後半は、佐々木さんより院生達の図面と研究方向についてのアドバイス受けて、ゼミは夕陽の映える庭を見ながら終りました。
(報告:TA/馬河)